癒しの贈り物     

   

旅を住処とす


  「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた人なり」とはご存知松尾芭蕉の「奥の細道」の冒頭部分です。芭蕉の場合は別に癒しを求めてに出たわけではなく、自己の俳句を極めるための旅だったでしょう。旅が人生そのものという想いが芭蕉にはあったのです。しかし、あえて清貧の身に自分を追いやり旅を続ける生活を選んだ奥には旅こそが芭蕉にとっての癒しでもあったのではないかと思うのです。

 毎日決まったコースで会社に出かけ、同じような仕事を繰り返し、上司にはいびられ、疲れて帰宅すれば妻や子供たちに邪魔者扱いされるなどという夢のないサラリーマンたちにとっては、旅というのはなかなか実現できない憧れになってしまっているかもしれません。しかし、旅の癒しパワーは凄いものです。

 お金をかけて豪華なホテルでリッチに過ごすのも快適でよいかもしれません。しかし、本当の充実した癒しを求めるなら、むしろお金のかからない、芭蕉のような旅に挑戦してみたらいかがでしょう。

 今は旅の情報も非常に多岐に渡っています。自分が求める旅,すぐにでも実現できそうな旅、探してみましょう。もちろん、旅の基本は一人です。誰かと一緒だと、それがたとえ妻や恋人であっても必ず意見や感情の食い違いが発生しつまらぬストレスを生んでしまいます。誰かと行くなら「旅行」と割り切って楽しみましょう。

 癒しを目的とするならば、それはやはり独りでの旅に限ります。
 一人旅が実現しやすいのは何といっても学生時代だと思います。僕も実際学生の頃は何度も一人旅を楽しみました。はじめは自転車で、次はバイクで、時には自転車を列車に積み込んでと様々な形に挑戦しました。
 学生でしたからお金はもちろんありません。そうなると考えるのがお宿の工面。ユースホステルはよく活用させてもらいました。同じような学生たちと出会えるので結構わくわくものでした。それにユースホステルごとにいろんな企画があり、宿泊客同士でゲームをしたり、貝殻細工を作ったり、情報交換をし合ったりと、お付き合いが苦痛でない人にとっては毎日が刺激的で楽しいものです。

 その土地の大学の学生寮に泊めてもらったこともあります。宿泊料が150円ぐらいだったかな、タダ同然のお得感はありましたが、出された布団が酒臭く、おまけに夜中になると学生たちのうるさいこと、安眠はできませんでした。

 先輩や同級生の家に泊めてもらうというのも学生だからできること。日本中あちこちから集まっていますから、いろんな県に友達を作っておけば重宝します。

 どうしてもうまい宿泊先がなければ、仕方ありません駅の待合室を借りましょう。でも、ある仙台駅の待合室の隅っこに横になっていたら朝早くに駅員さんからたたき起こされてしまった苦い思い出があります。現在では尚更そういうことは難しいでしょうね。

 だったら、野宿しかありません。今は安くて簡単に組み立てられて居住性のよいテントがありますから、それを一つ用意すれば快適に眠ることができるはずです。

 僕の時代は残念ながらそんなよいものはなく、無謀にも寝袋と衣類等だけで自転車にまたがり旅に出ました。そして、宿が確保できないまま日が暮れてしまい、最後の手段として墓地に入り込み墓と墓の間の草地に場所をとり、寝袋だけで一夜を明かしたことがありました。

 住宅街に囲まれた場所だったし、外灯の近くでもあったので特に気持ちが悪いということはありませんでしたが、寝袋だけというのは夏場でもきつく朝の目覚めは最悪でした。それでも、一人旅だからそんな逆境?でも楽しめたのかもしれないと思います。

 旅にはハプニングがつきもの。予想もできない事態があってこそ旅の醍醐味と言うものです。そういう様々な出来事に出会うことで癒しが増幅されると言ってもいいでしょう。

 いずれにしても、旅を終えたとき必ず人生観に変化が訪れ、明日への意欲が沸いてくるのです。一日でも二日でもいいから、ああ、旅に出てみたいなあ。
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